ダウン症のお話

娘(マナ)がダウン症と分かるまで~①前編~

今回はマナがダウン症と分かるまでの出来事についてお話させて頂きますね。

妊娠期間中から発覚した時の様子まで順を追って、当時の心境も含めて書かせて頂きました。

「マナはどんな風にダウン症が発覚した?」

「生まれる前にダウン症の前兆はあった?」

「ダウン症だと分かった時の心境は?」

などなど、上記のような内容に興味のある方に見て頂ければと思っています^^

妊娠期間の様子~前兆はあったのか?~

それではまず、妊娠期間の様子や前兆についてお話させて頂きますね。

私がお腹の中にマナを妊娠していると分かったのは21歳になる直前のことでした。

当時の私は普通に妊娠をし、特に問題もなく普通の妊婦生活を送っていました。

そこで、ダウン症児の妊娠中の前兆(エコー検査などで見られるもの)としてよく知られているのは・・

■ 約半数には心臓疾患がある

■ 首の後ろのむくみ

■ 手足が短い

■ 頭が大きい

■ 特徴的な顔

などが上げられます。

ですが、私の場合は妊娠中にそういった前兆は何もありませんでした。

本当に・・私は普通に妊娠をし、普通に妊婦生活を送っていたのでした^^;

今思えば気になるのは・・

ただ、今思えば「前兆だったのかな?」と気になる事が一つだけあります。

これは医師に言われた訳でもない為「そういう人もいるんだな」という具合で読んで下さい。

当時私は妊娠中でしたがお仕事をしていて、更に徒歩で通勤をしていたんですね。

(当時は職場が近かった!)

ですが、その徒歩で通勤をしている最中に、ある事件が起きてしまいました。

当時、季節は冬真っ只中で雪がとても降っていました。

それで・・その雪が降る中、私はマナがお腹にいるのにも関わらず雪道に滑って転んでしまったのです。

それを、なんとド派手に3回も…。

その時はすぐに病院に電話をし、病院へ行き、医師に診てもらいました。

で、医師は「大丈夫ですよ!問題ないです!」との事で特に問題はありませんでした。

ですが、その転んでしまった時に私には気がかりだった事がありました。

それは「マナはずっと寝ていた」という事でした。

その検診の時には、看護婦さんも少し不思議そうな顔をしていたのを覚えています。

もちろん普段の生活の中での胎動はありましたし「元気に動いているな」と日々感じていました。

ただ、転んだ時だけでなく普段の検診も含めお腹をエコーで見てもらう時は必ず寝ていたのです。

なので、今でもマナが検診の際ずっと寝ていたのは前兆だったのかな?と思ったりします。

(ダウン症児はマナもでしたが産まれてからも夜泣きをあまりしない子が多いので)

ただ、これはマナの場合で他の方に聞いたこともありません。

あまりにも寝ていたので、私はそのように感じてしまったという感じですね。

そんな感じで、当時の私は「この子はよく寝る子だな」と思い、まさかダウン症とは思いもせず妊婦生活を送っていました。

出産時の様子~自然分娩で産まれてきたマナ~

それでは次に、私がマナを出産した時の様子についてお話させて頂きますね。

それはあるお昼の事・・・。

わたしは出産間近という事で、勤めていた仕事を辞め、家でお昼ご飯を食べていました。

この時、すでに出産予定日から6日が経過していました。

あまりにも、陣痛が来ないのでお散歩をしたりして体を動かした後のお昼ご飯でした。

するとその時!陣痛がやってきました。

「あれ?痛い?」から始まり徐々に「痛いぞ!」に変わり…時間を計ると陣痛だと確信しました。

そして病院に電話し、仕事中の旦那さんにも電話をし、迎えに来てもらい病院へ向かいました。

そして分娩台へ乗り「あともう3~4時間で産まれると思うよ」と医師に言われた25時間後…(笑)

マナは無事に自然分娩で産まれてきてくれました。

微弱陣痛だったため促進剤の力も借りながらでしたが、マナは頑張って産まれてきてくれました。

出産の時にはこれといって、特に問題などはありませんでした!

真夜中に異常発生~こども病院へ緊急搬送~

次に出産後の様子、出産後に発生した異常事態から緊急搬送に至った時のお話をさせていただきます。

マナは、産まれてから数秒間ほど産声が出ず不安な空気も一瞬ありましたが、すぐに産声を上げてくれました。

そして少しだけ抱っこをさせて頂いて、それからマナは看護師さんの所へ行きました。

そこで、マナは看護師さんに簡単な検査をして頂いていました。

この時、何の検査をしているか分かりませんでしたが、私はなんだか嫌な予感がしました。

何故かと言いますと、看護師さんが「ん?」というような反応をしながら検査をしていたんですね。

ですが私は産後の疲れもあったので「まぁ大丈夫だろう。」とあまり気にしないようにしていました。

それから、私は自分の病室へと戻りました。

検査が終わっても病室になかなか来ないマナ。

そして、検査が終わったらマナもすぐに病室へ来ると思っていたのですが、中々来ず…。

そうすると看護師さんが私の病室に来て・・・

「赤ちゃんちょっとお胸が苦しそうだからあっちのお部屋の保育器にいるからね。会いに来て大丈夫だからね。」

と仰いました。

「え?大丈夫なの?」と正直そこで不安になりましたが「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせました。

保育器の中で管に囲まれている娘を見て「大丈夫。大丈夫。」ただそう思う事しかできませんでした。

嫌な予感は更に強くなりましたが、産後疲れと寝不足があったため、私は病室で眠る事にしました。

新生児室から聞こえる「ピーピー」という音で目が覚める。

それから、目が覚めたのはお産を終えてから10時間ほど経った時の事でした。

私は新生児室(保育器のある部屋)から聞こえる「ピーピー」という音で目が覚めました。

そして「ピーピー」という音と共に看護師さんの駆け足をする音も聞こえてきました。

それらの音を聞いて、眠りにつく前からあった私の不安はもっと大きくなりました。

この時、不謹慎でしたが「きっと私の赤ちゃんではない。他の子だ。」と思うようにしていました。

畑乃なす子
畑乃なす子
そうだ。大丈夫。きっと私の赤ちゃんではない..。

ですがやっぱり、不安な気持ちは消えませんでした。

不安な気持ちをどうにかしようと、再び寝ようとしました。

しかし、「ピーピー」という音が気になってとても眠る事ができませんでした。

夜の23時半、看護師さんに呼ばれる。

そして、ついに嫌な予感は的中してしまいました。

「なす子さん。ちょっと先生のお話し聞きに来れますか?」

と看護師さんから名前を呼ばれたのです。

畑乃なす子
畑乃なす子
え?私?今?夜中の23時半だけど・・そんなにやばいの?

こんな風に思いとても不安になりながら先生のいる部屋に向かいました。

そして先生の所へ行くと「お母さん大丈夫?少しは寝れた?」と気遣って下さいました。

それから、赤ちゃんの状況を先生が説明し始めました。

先生がお話しした内容は・・

赤ちゃんは今酸素が自分でうまく吸い込めていない
心臓に何かしらの疾患がある可能性がある

といった内容でした。

それから先生のお話しは続き..

「この病院だとしっかりした検査ができないから、こども病院にこれから搬送します。お母さんは産後すぐなので今からお父さんに来てもらって、こども病院に行ってくれるかな?」

との事でした。

それから旦那さんに電話をし、夜中の0時頃に片道1時間程のこども病院へ行ってもらう事になりました。

そして、娘のマナは救急車でこども病院へ向かう事になりました。

ダウン症と分かるまで②につづく。

 

 

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ABOUT ME
畑乃なす子
ダウン症児を育てるママブロガー。2014年当時21歳にてダウン症の娘を授かる。しかし出産後もバリバリ働き過ぎたためか?当時の旦那さまと大人の事情でアレコレあり離婚。その後はシングルマザーとして昼夜問わず働きながら娘を育てる日々。「なんでそんなに元気なの?」と人からよく聞かれるが本人もよく分かってない。2020年元気印を活かすべくブログを開設!とにかく読みやすい&楽しいブログを心がけています..。

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